【重森三玲庭園美術館】重森三玲の旧邸の庭園が公開されています…!

概要

さて、本日紹介する建築は、重森三玲庭園美術館です。
この建築は、江戸期につくられた建物を、著名な庭園家である重森三玲が譲り受け、新たに茶席や庭園をつくった、という新旧が融合した場所となっています。
この庭園は、三玲氏の作品の中でも石組が特徴的な作品です。

見学は、庭園がメインとなっており、建物は写真撮影や見学自体ができないものが多かったです。そのため、本日は庭園をメインに紹介します。

ここで少しだけ自己紹介をさせてください。「一日一建築」と称して一日に一つ、自分の好きな建築について発信しています著者のちぇりーです!
このサイトは、一級建築士の資格取得に向け勉強する建築学生が、作り手の目線に立って紹介するという特徴があります。そのため、使い手と作り手との両方の目線から、建築についてより深く学べると思います。ぜひ見てみて下さい!

見どころ

なんといっても、この庭園です。

2~3度の工期を経て、各地から取り寄せた巨石を効果的に用いた枯山水庭園です。

枯山水庭園のはじまりは、中国から「神仙思想」が伝わったことに由来します。この思想は、遠い海の上に仙人の住む理想郷の島(蓬莱島)があり、そこにたどり着けば、永遠の命が得られるという思想です。
飛鳥時代に伝わった、この思想を表現するため、貴族文化の時代には池泉庭園が多く築かれました。武家社会の時代になり、質実剛健を好む文化となると、水を用いず、海を白い砂利で表現する、枯山水庭園が流行した、という経緯があるのです。

公式サイト(営業時間、アクセス等)

見学方法
公式サイト:重森三玲の旧宅書院・庭園(重森三玲庭園美術館)
見学は、前日までの予約観覧制となっています。満席の日も見受けられますので、お早めのご予約をお勧めします。
予約サイトの「年間スケジュール」にあるように、季節ごとに見学できる場所が異なります。
*現時点での情報ですので、ご自分でもご確認ください。

見学時間
個人では、11時、または14時となります。(団体は異なります。)
向こうの方に誘導していただき、各所を簡単な説明とともに見学、写真撮影、といった流れで、大体1時間ほどでした。
正直、かなり規模が小さいのですが見学者は多いので(私が行った時は7名ほどでした。)、少し窮屈でした。見学者の少ない時間帯に行くと、のびのび見ることができたり、写真を撮りやすかったりするかもしれません。

アクセス
京都府京都市の左京区にある建物です。
車だと、京都駅から30分弱(有料駐車場)。
公共交通機関だと、京都駅からバスで40分ほど。
住所:〒606-8312 京都府京都市左京区吉田上大路町34

シークエンス

庭園がメインの美術館なので、庭園以外のシークエンスは多くはありませんが、ご紹介します。
門をくぐると、正面に大きな家屋があります。

左手には、この大きな家屋の玄関に続く石畳や扉がありました。
この建物の中は拝観できません。

右手に、今回の庭園の入り口があります。

この小さな門をくぐると、荘厳な岩がそびえたつ、重森三玲の庭園を見ることができます。

この左手に見える民家に沿って奥へと進んでいき、振り返ると、以下の写真の様な庭園が広がっています。

枯山水庭園ですので、右の縁側近くの石畳のような場所は、海の波を表現しているそうです。

路地、と勝手に私が名付けてしまいましたが、廊下ではなく路地だと思うくらい、まるで外にいるかのように感じさせる建築でした。

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建築としての評価は?

建築家

今回の設計は、建築家ではなく、庭園家の重森三玲氏(1896~1975)です。
彼のデザインは、「永遠のモダン」と評されることが多いです。
それは、古典庭園が持つ抽象的表現こそが永遠のモダンである、と語っていることからきています。

そのような考えに至った一つ目の理由が、古典庭園を研究しつくしたことにあります。彼は古典庭園を、昭和11年からの3年間で全国の約300庭を実測し、『日本庭園史図鑑』にまとめています。そこで、以下のことに気づきました。

現在まで生き残った古典庭園は、自然界をそのまま写すだけでなく、何らかの形で自然界を抽象化しているからこそ生き残ったのである。

引用:049.『重森三玲 庭園の全貌』中田勝康 著/写真|学芸出版社

もう一つの理由が、彼が少年時代から生け花をやっていたことにあります。生け花は、庭園と同じく、造形芸術です。さらに自然の素材を使って、自然を超えた創造をしなくてはならない点で共通しています。生け花を続けることで、作庭においても、単なる自然の縮小コピーではなく、自然物を抽象化し造形する、抽象的表現をする、という考えに至ったのかもしれませんね。

実は、日本庭園は、江戸時代になると形式や手法の創意工夫が見られなくなりました。そんな中、古い庭のコピーではなく、日本庭園を創作しようとした人物が、重森でした。

代表作には、京都の東福寺方丈庭園、光明院庭園、大徳寺山内瑞峯院庭園、松尾大社庭園などが挙げられます。

また、三玲氏は、

真理を追究する厳しい姿勢を貫き通すため、学界とは一線を引き、大学からの登壇依頼も断って、自らの求める美の道をひたすらに歩みました。

引用:特集 重森三玲庭園美術館 挑戦するモダニズム|an.D vol.90|My House Palette(マイハウスパレット)|ダイワハウス

コンセプト

庭の全景

三玲氏が、この庭について書き残した資料はわずかで、この庭に配された石が何を表現しているのか、正解を知る者はいません。

しかし、「見どころ」の項でお話しした、枯山水庭園の成り立ちを知り想像力を働かせることで、遠い海の上に仙人の住む理想郷の島(蓬莱島)や、舟を運ぶ海流などが目に浮かぶのではないでしょうか。

設計プロセス

2~3回にわたる工期を経て1970年に現在の姿となったといいます。もちろん庭園なので、植物の成長などによりその都度変化していて、違った表情を見ることもできます。

実はこのブログで庭園の紹介するのは初めてで、驚いたことがあります。作庭は、建築よりも、より芸術的であるため、設計のプロセスが一切語られていないところです。いかに理由をつけて説明できるか、ではなく、ひたすら「美」を探求されたんだと感じました。
特に自邸だと建て主がいるわけではないため、そういった要素が強いのかな?

敷地の条件

現在の重森三玲旧宅は、これら江戸期の建造物のほか、重森三玲が新たに自ら設計して建てさせた、二つの茶席(無字庵 昭和28年・非公開、好刻庵 昭和44年)と、自作の書院前庭や茶庭、坪庭がつくられている新旧融合の特殊な場所である。

引用:重森三玲の旧宅書院・庭園(重森三玲庭園美術館)

無字庵は非公開ですが、好刻庵は、季節により限定公開されています。私の行った10月は、外部からの見学のみでした。
この好刻庵は、桂離宮の松琴亭にインスパイアされつつ波模様を表現した襖絵など、全て三玲氏がつくったそうです。

好刻庵

構成要素

”礼拝石”
石を立てる作風の三玲氏の庭園と比べて、特徴的なのは、こちらの大きく平たい石。元は神官が吉田神社を拝むために使われていたそうです。

”緑色片岩”
(りょくしょくへんがん)
阿波産の青石で、美しい緑と縞模様が特徴的です。

海水と海の波を表現する曲線
州浜には白砂が、敷石には丹波鞍馬石(たんばくらまいし)が使われています。

好刻庵から庭園を見たところ

最後に

まとめ

「永遠のモダン」と称され、作庭の歴史を大きく前進させ、美を追究した重森三玲氏の作品の紹介でした。他の作品も見に行きたいなぁ…!

このブログでは、「一日一建築」と称し、いろいろな建築家の方の建築を紹介しています。よかったらご一読ください。↓
Pioneer Of Attractive Archi – より深く名建築について知ることができるサイト。 (attractive-archi.tech)

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【ミース・ファンデル・ローエ】近代建築の三大巨匠の一人を追う。

概要 こんばんは!「一日一建築家」と称して毎日自分の好きな建築家について発信しています著者のちぇりーです!このサイトの特徴として、建築学生が建築計画という観点か…

参照サイト等

重森三玲の旧宅書院・庭園(重森三玲庭園美術館)
049.『重森三玲 庭園の全貌』中田勝康 著/写真|学芸出版社
特集 重森三玲庭園美術館 挑戦するモダニズム|an.D vol.90|My House Palette(マイハウスパレット)|ダイワハウス
重森三玲庭園美術館 ― 重森三玲作庭…京都市左京区の庭園。 | 庭園情報メディア【おにわさん】
重森三玲の庭

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